真実はいつも1つ?
- hyperinakacreate
- 2020年8月27日
- 読了時間: 2分
とある名探偵みたいになりました。
かつて吉田は、「真実は見る人によって変わる」という格言をいただいたことがあります。結局は、だから自分の論にしかならないように論文を書きなさいという事でしたが、今でも深く胸に残っています。そもそも、真実とは人によるフィルターが入っています。
大学の時にお好み焼きパーティーしようとなったとき、中国地方出身と関西地方出身者で互いに相手方のお好み焼きを否定しあっていました。北海道の吉田はどちらもお好み焼きだろと思っていました。ただ、ご飯と一緒に食べるのは許せません。
この場合、それぞれの意見は真実です。
そう考えると真実は多様性に富んでいるという気もしてきますし、普遍かと言われるとそうではない気がします。なら尊重しなくてもいいかと言えばそうではないです。多様性を認められない人に良い人はいませんから。
では、多様性を認めるなら議論もいらないのでは?と聞かれそうですが、真実が人のフィルターを通しているのなら見落としていることや踏みにじっていることがあったりするため、様々な真実をぶつけ、よりよい真実に向かうことが必要だと考えます。
自分の意見を押し通そうと大声や恫喝しようとしたりするようなことは論外です。真実は人によって変わるのだから受け入れ、相手と対話していくことが必要なのだと考えます。
そう考えるとあの名探偵は意外と議論ができない人なのかもしれないし、将来厄介な大人になってしまうかもしれないですね。

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